『レッド・サン』という映画があります。
三船敏郎主演で、サムライがカウボーイと一緒に旅をする、という、
「なんだ、そのトンデモ映画は!?」と思われる人も多いでしょう。
実のところ、私もずっとそう思っていまして、今まで見ていなかったのですが、
ここ最近、『グロリア』から始まって、ホドロフスキーの『エル・トポ』を見たせいで、マカロニ・ウエスタンについていろいろ思うところが多くなってきました。
それで、行き着いた先が、『レッド・サン』。
『レッド・サン』がどのくらいトンデモ度合なのか?ということにつきましては、見る人の歴史的知識次第なのですが、
私からすると、思ったよりもはるかに史実に近く時代考証もしっかりしている映画でした。
サムライがアメリカの西部でカウボーイと邂逅し、ともに戦うというのは、「もしかするとありえたかもしれないこと」で、丁髷結んだ人がアメリカ大陸横断鉄道に乗ったのは事実です。
岩倉遣欧使節団。1872年。
大久保利通率いる明治政府の開明派一行ですから、サムライ装束に帯刀などはあり得ませんが、ただ一人、公家の岩倉具視は『レッド・サン』の三船敏郎よろしくちょんまげに和服。
しかし、八か月に及ぶアメリカ滞在の途中、未開民族と思われることへの危惧から、結局散髪したそうです。
ちなみに、こちらは、1860年の福沢諭吉。おそらくアメリカ女と日本男の最初のツーショット。この時は、ちゃんとサムライの格好をした日本人がアメリカの土を踏みました。
日米修好通商条約締結のため、幕府の代表団がアメリカを訪れました。その際に咸臨丸が正使の船に随行してサンフランシスコに寄港。
条約締結の任を帯びた正使らは、パナマ地峡まで船で行き、そこで鉄道に乗って大西洋側につくと、別の船に乗り換えてワシントンDCへ赴きました。
1860年の時点ではアメリカ大陸横断鉄道はまだ開通していなかったのです。
ちなみに咸臨丸のほうはサンフランシスコで修理に明け暮れ、福沢諭吉らの乗組員は、サンフランシスコにずっと滞在していたのですが、
その暇な滞在期間中にサンフランシスコの写真館を訪れ、そこの娘と一緒に撮った写真だそうです。
ちなみに、写真が発明されたのは、これよりさかのぼること21年前の1839年。
日本へはオランダ人によって1843年に長崎にカメラが持ち込まれました。
そして日本で最初の写真館が開業したのが1860年。
意外なほどに、当時の日本は世界とつながっていたことを知らされます。
『レッド・サン』の時代考証で明らかに間違っているのは、
丁髷したサムライが大陸横断鉄道に乗って天皇の贈り物を大統領に届けに行くという箇所です。
『レッド・サン』の時代設定は1870年で、すでに明治時代です。江戸時代だったらサムライの格好をした日本人がアメリカにいたというのは可能性として有りなのですが、
明治になっていますと、旧幕派の密航者ならともかく、明治政府関係者が帯刀和装でアメリカに来ているというのは無理があります。
しかし、大陸横断鉄道が開通したのは1879年ですから、サムライを鉄道に乗せるにはこの映画は軽いウソをつかなくてはならなかったわけです。
それにしたところで、史実を捻じ曲げたのは、ほんの数年分のことに過ぎず、トンデモ映画呼ばわりされるほどのことはしてはおりません。
また、私たちは、明治になるとサムライは皆一斉に丁髷を断髪しザンギリ頭になったかのように錯覚していますけれども、
高杉晋作の写真を見ましても、明治以前にザンギリ頭にしていた人はいます。洋式軍隊を編成した討幕派の藩士たちに多かったそうです。
また逆に明治になっても丁髷のまま通した人も大勢いたわけでして、
ちなみに明治天皇がザンギリ頭になったのが1874年。これを機にザンギリ頭に追従した士族も多かったそうですが、
それでも維新から10年たっても1/4が髷を結ったままだったとか。
またサムライの魂である刀ですが、士族への帯刀禁止令は1876年。
つまり明治の時代になっても10年くらいは、江戸時代そのままに街中をサムライ姿の人たちが歩いていたわけです。
文明開化の都市で鉄道やガス灯それに煉瓦の街並みをサムライのまんまの士族が闊歩していたようであり、明治初期の錦絵を見ましても、和装と洋装の日本人が混在しています。
昨今の横並びとか空気読んでばかりの日本の在り方と比べると、ものすごく興味深い時代だったようです。
刀こそ武士の魂、そう思う士族にとって1876年の廃刀令は断じて受け入れがたいものであり、士族の反乱が相次ぎます。
その一番大規模な反乱が西南戦争であり、映画『ラスト・サムライ』は西南戦争を基にした物語でした。
『レッド・サン』は一見トンデモ映画に見えるのですが、時代考証的には意外に正確であるといえます。
それは、『レッド・サン』の企画は三船敏郎がアメリカのパラマウント社に持ち込んだものであり、誇り高き日本人の三船が出鱈目な物語を容認するわけはないのですが、
なんで三船敏郎がアメリカの映画会社にサムライの出てくるマカロニ・ウエスタンの企画を提示したのかについてですが、
もともと、まず西部劇ありきなのです。
西部劇の巨匠ジョン・フォードの映画を日本の時代劇の設定で撮ったものが黒澤明の『七人の侍』。
ついでに言いますと、『用心棒』は、ハメットのハードボイルド小説『血の収穫』が基になっているといわれています。
黒澤の時代劇とは本来がそういうバタ臭いものでありますから、西部劇に翻訳しやすい、もとい、還元しやすいものであります。
『荒野の七人』『荒野の用心棒』と自分の主演映画が相次いで西部劇に翻案されヒットしているということは、三船敏郎にとってみれば「次は本家本元の俺様の出番だ」ということなのでしょう。
そして、そのころ
イタリアの映画人によってスペインをロケ地に制作された紛い物のマカロニ・ウエスタン西部劇が流行していました。
『ベンハー』『クレオパトラ』『スパルタカス』等のローマ史劇がイタリアで撮影され、イタリア映画界はこれに参加すると同時に、イタリア独自でローマ史劇を制作して外貨を稼いでいたのですが、60年代半ばにはローマ史劇が時代遅れとみなされイタリアの映画人は仕事にあぶれるようになります。
その状況を打開すべく、主役のアメリカ俳優を招聘して、イタリア人がアメリカの西部劇を制作するのですが、低予算ゆえに物価の安いスペインをロケ地に選びました。
マカロニウエスタンは計500本ほど撮影されたようで、それだけの濫造ですから、手っ取り早く売るためにはエログロナンセンスをつっこめばいい的なものが多かった、というかエログロナンセンスがマカロニウエスタンの基本トーンでしょうか。
モダンホラーの巨人スティーブン・キングが『ダーク・タワー』という長編を書いていますが、彼の物語群の怪物たちが住んでいる異世界を描いたもので、『ロード・オブ・ザ・リング』のスティーブン・キング版といったところなのですが、
その世界の在り方というのが、北欧風にゴブリンとか妖精が跋扈するのではなく、
マカロニ・ウエスタンを基調としたもの。
『ダーク・タワー』の序文によると、スティーブン・キングが場末の映画館で見た『荒野のガンマン』ではシカゴがアリゾナ州にあるという設定で、
アメリカの地理に疎いイタリア人が作った映画ですからそういういい加減さは致し方ないのですが、
却ってその歪んだ地理感がアメリカ人して別の惑星の物語とか神話的世界のように思わせてしまうものにらしいです。
当のスティーブン・キングの小説はと言いますと、マカロニ・ウエスタン調のゴーストタウンの電気屋からは『ヘイ・ジュード』が流れてきた、とか、それこそ時代考証出鱈目なファンタジー世界で、読んでいても視覚イメージがまったくついて来ません。
まあ、つまるところ、マカロニ・ウエスタンとは何でもありのファンタジー世界のことなのですから、
サムライとガンマンが一緒に旅しても別にそんなに変なわけではないのですね。
そして、ジョンフォード → 黒澤明 → マカロニ・ウエスタン と繰り返されてきた西部劇と時代劇の対話ですが、
次にはマカロニ・ウエスタンの影響を受けた時代劇が登場します。
たとえば『眠狂四郎』『子連れ狼』がそうだといわれていまして、清潔感のないダーティなヒーロー、そして悪役はとことん汚い。
それから、やくざ映画にマカロニ・ウエスタンを感じる人も多いです。
ちなみに『グロリア』って、『子連れ狼』を元ネタにしているといわれていまして、
西部劇と時代劇は常に対話を続けて現在に至ったのですが、
この辺の映画を丸ごとパロディにしたのが、クエンティン・タランティーノなわけです。
つまり、『レッド・サン』は一見トンデモ映画のようですけれども、意外に時代考証は正確であり、多少のウソはあっても、もともとマカロニ・ウエスタンはそういうものですから、で済んでしまいます。
また、『レッド・サン』がトンデモ映画に思えてしまうのは、そういう点以外にも、
「刀だけで武装したサムライが、銃器携えてるカウボーイに勝てるはずがない」という点でもあります。
鉄砲が圧倒的な武器であるのは、織田信長が長篠の戦でとっくの昔に証明していますが、
『ルパン三世』で五右衛門が斬鉄剣で鉄砲の弾を切り落としますけれども、
プロ野球のことから考えると、時速160キロを超えるとほぼ打ち返せません。それでもバットと日本刀では空気抵抗も違うでしょうから、時速200キロぐらいまでは対応できるということにしておきましょう。
ちなみに弓の射出速度は時速300キロくらい。初速と比べて距離が遠くなるとだんだん遅くなりますから、遠くから放たれた弓を刀で斬り落とすことは可能のようです。
しかし、銃の場合ですと弾丸は音速で射出されますので、時速1000キロ程度。これですとどうあがいても刀で弾を防ぐことはできません。
結局『レッド・サン』では三船敏郎はアラン・ドロンに撃ち殺されるのですが、それまでの活躍では手裏剣を使ったり、相手に忍び足で至近距離に詰めたり、ジグザグに走って敵の狙いをかわしたりと、サムライの活躍に対して合理的な説明がなされています。
そういえば、『レッド・サン』の主要キャラはサムライにガンマン、フランス人と性悪女の四人で、これだと、まったく『ルパン三世』と同じなのですが、実は『ルパン三世』のほうが先なのですね。
まあ、刀と銃が対等な戦力として存在するということがファンタジーなのですが、
それに関して言いますと、『スター・ウォーズ』もそうでして、
レーザー銃から射出される光線を刀でばっさばっさと斬り落としていくのですが、
『スター・ウォーズ』のレーザー銃って、ハイテク兵器のように見えますが、その射出速度は弓矢以下で、ものすごく使えない兵器だったりします。
スティーブン・キングはマカロニ・ウエスタンからアメリカ人固有の精神宇宙を想像しましたが、ジョージ・ルーカスも似たようなことをやっていたのだなということに気づかされます。そういえば、ジェダイ騎士団は日本語の時代劇に由来する名でした。