こちらから、一枚キャプチャーさせていただきました。
マンガの書き方に関する説明をされているんですが、
本当に、普通の人ってこんな風に視線誘導されているんでしょうか?
これだと、吹き出しの台詞と人の顔しか見てないですよね。
映画やドラマの脚本のばあいですと、
基本的には、役者がどんな風に感じながら台詞を喋ったかとか、台詞喋りながらどんなしぐさするのかとかは、脚本には書かれません。
それは演技者と演出家の職域に属することで、脚本家がとやかく口出すことじゃないんですね。
でも、言葉と同等の明白な意味を持つと考えられるしぐさ、
例えば、
だれそれを指さす とか
怒ったような目つきで睨む とか
だれそれを蹴飛ばす とか
そういうのって、脚本に書き込まれている場合が多いです。
マンガ読む場合って、もうちょっと指の動きとか、キャラのもっと些細なしぐさに属する演技の部分に注目したりしないんでしょうか、ね。
キャラクターが、それこそ映画の役者並みの、0コンマ数ミリの目の動き
で感情表現するんですね。気になって物差しで測ってみるんですが、ほとんど差のない二枚の絵の中に明らかにキャラの感情の差が描き分けられているようなんですね。
この作者、すごいな、と、思いました。
まあ、かとうひろし氏のマンガは小学生をターゲットにした分かりやすいマンガですけれども、
それでも、本当に人って、そうも易々と視線誘導させられているもんなんでしょうか?
マンガの二ページの見開きって、ページ開いたときに、即座にすべてのコマが視界に否が応でも入ってしまいます。
私の場合ですと、大きめのコマに時間をかけて描かれたものにすぐに注意が行ってしまいます。
この場合ですと、汚いトイレの描写ですね。
それ以外ですと、女の子です。
男の子の方は、ほんと何の興味もわかず、吹き出しの台詞を読む気にもなりません。
まあ、実際、読まないんですけれども、
でも、マンガって、勝負所は、必ず台詞に頼らず、絵に物語させますから、
そんな読み方していても、ほとんど内容読み落とすことないと思います。
そして、子供って、大抵、同じマンガを何回も何回も繰り返して読みますよね、
何がそんなに、ストーリーの分かりきったものを、繰り返して読んで楽しいのか?
特に、研究テーマ抱えて読み深めてるわけでもないのに、とか思うんですが、
そうやって繰り返して読んでいると、数回目からは、わたしが日ごろやっているような読み方と似たような視線の動かし方始めるようになる、と思うんですよね。
こういう読み方してて問題なのは、視線が誘導されない代わりに、視線がページ上をループしてしまい、なかなか次のページに進めないことなんです。
トイレのハナ子さん、はまだいいんですが、
『ヒストリエ』ですと、本当に視線が進まず、一冊読み終わるのに三時間くらいかかってしまいます。
時代考証のことからも、細部の描写ものすごく凝っていますから、
人の顔と台詞以外にも、壺とか、服のベルトとか、サンダルのひもとか、見る箇所がいくらでもあるんですね。
それこそ一木一草までが興味深い。
粗筋知りたいだけなら、「ネタバレ」で検索すれば済む話ですしね。
まあ、そういうマンガの見方をしているのは、あまり多数派ではないとして、
人の顔、台詞、以外に読者の注意を必然的に集めてしまうものというと、
指先とか、動線とかなんでしょうか?
そんで、もし、ヌードの女の人が出てきたとして、
「俺はおっぱい星人だ」
「いや、いや、尻こそ女性美の極み」
「じつは、へそフェチなんだよね」
いろんな男の人たちがいるとは思いますが、そういう嗜好の差によって、それぞれの人の視線って、一様に誘導しきれないんでしょうね、きっと。
試しにエロ漫画とか読んでみると、やはり勝手に、自分の興味あるところで視線がループし始めますね。
ちなみに言いますと、
あたくし、女性の背中が好きなんですが、
それはどういうことかと言いますと、
普通の成年男子にとっての女性の魅力的な箇所って、顔、胸、おしり、性器、あたりに集中しています。
多少フェチ気のある男で、髪とか指とか臍とかうなじ、になるんですが、
女性の側にとっても、そういう男の注意を浴びる箇所って、ちゃんと手入れしてくるし、それら箇所ってどんな風に見られているか、どんなふうに見られたいかの目論見がそれなりに反映されているらしいんですよ。
化粧したり、ピアスしたり、マニキュアしたり、
それから鏡で丹念に見て、肉付きをチェックしたり、
それと比べると、背中って、漠然としていて広いですし、鏡で見ることも難しいですし、
女の人たちもあんまり気を付けていない、はず。
そして、
だからこそ、
ちょっとした嘘もつけない不器用で、それゆえに正直な 心の深いところの基本トーンが、
背中の表情にはあるんではないか、
そんな風に思う次第です。
そういう基本トーンというか、オーラというか、雰囲気というか、
そういうものと組み合わさって、言葉とか、言葉に類する指や目の動きがリアリティをもって輝き始めるわけで、
私にとっては、マンガや映画の、背景の細かいところを何度も繰り返してみるというのと、
女の人の背中に魅力を感じるというのは、
同源のようです。