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『リトル・フォレスト』 わたしゃいいけど、あんたはどうよ?

当ブログの執筆者である私は、料理を作ることが好きで、さらには地産池消には少々こだわりがあり、できることなら庭先から引っこ抜いてきた食材ばかり食べていたい者ですから、

それそのまんま映画の中で実行している『リトル・フォレスト』は、興味深く見ることができましたし、

去年『あまちゃん』みながら、「橋本愛のほうが能年玲奈より好みだな」と思っていた者ですから、

この映画、誰得?というか、わたしゃいいけど、ほかの人ってどうなんだろう?と思いました。

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いつもいつも画面の進行方向がどうのとこのブログで私は書いていますが、

そういうの、橋本愛が自転車をこぐ箇所と村の老人と一緒の場面以外では、ほとんど目につきません。

逆にいうと、画面に進行方向がないということは物語も進展しないということでして、

毎日毎日ひたすら橋本愛が農作業して、収穫物を調理し、それを食べる。その延々とした繰り返し。

四部に分かれていて、その内の夏編秋編が公開されたのですが、

話は、ほぼ全く進展しません。

冗談抜きに、飯作って食ってるだけの映画です。

そのうえ、田舎の一軒家が舞台ですから、ほとんどが橋本愛一人っきりの画面。

一人言のかわりのナレーションが延々と入ります。

数か月後に公開される冬編春編では物語に進展がそれなりにあるのだろうとは思いますけど、

でも、あんまり進展しすぎると、つり合い取れないはずですから、そんなに進展しないと思います。

NHKの料理番組見るの好きな人とかなら楽しめるんだろうと思いますが、万人向けの作品ではないと思います。

 

この映画の舞台岩手県で、

去年の秋に撮影したんだったら、橋本愛の『あまちゃん』の次の仕事ってこれですよね。

見てるこっちは一年分年とったんですが、出てる橋本愛って数か月分しか年とってないんだけど、

あまちゃん』の時よりもずっと年上に見える。

んで、夏秋冬春の四部構成。

あまちゃん』の主人公一家の名前が そういえば、春子 夏 秋 だったな、と。

撮影現場の時点で、そういう話題あったでしょうね、きっと。

さらには、橋本愛の家を時々訪れる友達が、ネギ埼玉でした。二人並んでるシーンは、絵になってる。

 

 

自給自足の料理映画だから、見てるとおなかすくと思って、映画館に食べ物いっぱい持って行ったんですね。

ジャンクフードのほかにも地元で採れたリンゴも持っていきました。

んで、映画見ながらリンゴをかじるんですけど、たぶん、リンゴ噛む音が映画館にそれなりに響くんですよ。

つまりそれくらい無音に近い静かな映画で、

半径500メートルにはほかの家もないような田舎の一軒家の台所で、まな板のコンコンする音とか、ジャムを煮詰める鍋のコトコト音、そういうわずかな物音を丁寧に拾った録音で、

 

わたし以外に四人しか客いなかったんですが、これでは、むしゃむしゃリンゴ齧ってはいられんな、と。

ほとんど大きな音のしない映画の中でも、ポツリポツリとある音の大き目のシーンに被さるようにリンゴを齧りとり、

それを、万力でじわじわ締めるような噛み方で、ゆっくりゆっくり咀嚼。

そうやってなるべく、音たてないようにリンゴ食べたんですが、

リンゴ一個食べ終わるまでに20分くらいかかりました。

 

 

 

いままで、料理を題材にした映画はそれなりの数あるんですけれど、たかだか小松菜炒めのフライパンを映画の大スクリーンで長々と映すような作品って、これ初めてかもしれません。

普通の料理映画って、それなりの食材や高級料理の大皿をドアップにするもので、小松菜ごときつまらぬ惣菜をかくも大仰に見せつけられることは今後もうないかもしれません。

人って、価値のあるものを大きく感じ、価値のないだろうものを小さく感じる傾向があるのですが、

さすがに小松菜炒めの大映しは衝撃的でした。

 

 

既存の価値観を揺すぶってみせることが、創造的行為であるとするなら、『リトル・フォレスト』は、そんな点で成功作なのかもしれません。