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マッド・マックス新作 『Fury Road』

医学の進歩が神の存在する余地を一掃したと言われますが、

 

今の小中学生が保険体育の時間に学ぶような知識が神秘のベールの奥に隠れていた時には、

生殖のメカニズムは過度にすごいものだとみなされていたのでしょう、

 

私たちの世界文化遺産のほとんどは、ちんぽやまんこをシンボライズしたものですし、

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私たちの貴重な伝統行事は、やはりことごとく性交のプロセスをシンボライズしたもんだったりします。

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そんなのが人類の文化の集積ですから、

性交のプロセス、受精のプロセスを比喩的に描いた映画作品が傑作とみなされているということも驚くには値しません、

 

これとか

 

 

これとか

 

エイリアン/ディレクターズ・カット (字幕版)
 

 

 

 こちらの作品では、ウディアレンが精子の役を演じているパートがあります。

 

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そして、マッド・マックス『Fury Road』を見た時、あのウォー・ボーイズのいで立ちについてどう思われましたか?

山海塾と思われました?

呪怨』と思われました?

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わたくし的には、やはり精子です。

 

人間って、自分で自分のことを高尚な生物と思いたがるのですが、私も含めてそうなのですが、

それでも、ふと立ち止まって冷静に考えると、私たちの行動様式の多くの部分って、

男の場合なら精子の「ひたすら前に向かって進むだけ、玉砕上等!」

女の場合なら卵子の「受精可能な短い期間は、相手をひたすら選り好み、じらし、神のごとくふるまうが、血となって流れてしまえばゴミ」

というものが本体のそれと驚くほど酷似しています。

 

つまり、私たちは精子卵子のソケットかカプセルにすぎないらしいのですが、

それゆえ、このような映像を見せられると、感慨深いです。

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精子の比喩らしき男どもが、むちむちで適齢の女性数名の乗ったトラックをひたすら追っかける。

そして、精子卵子の場合ですと、数億の精子のほぼすべてが途上で本来の目的を達することができず、死滅します。

 

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「虫けらのように死んでいく」という言い草がありますが、

この映画の場合ですと、「精子のように死んでいく」という表現がより正しいでしょうか。

 

 

2001年宇宙の旅』とか『エイリアン』が高尚な作品として扱われていることと比べると、

恐らくマッドマックスシリーズってバカ映画扱いされ続けることをいとわないのだろうと思うのですが、

私から見ると、そうではないんですよね。

 

旧作シリーズでは、ひたすら男の行動様式からのみ作品が描かれていて、

「太陽に向かって突っ走れ、それが男の生きる道」みたいな乱暴な哲学だったんですが、

今作では、医学勉強してたらしいジョージ・ミラーの資質が素直に哲学として語られているような気がします。

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