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あまちゃん』の人を感動させるところは、
フィクションで始まって、ノンフィクションで終わるところです。

このような作品は、ほとんどありません。

でも、逆は多いですよ。
ノンフィクションで始まったはずが、フィクションで終わる、
やらせ番組は全部そうです。



第18話


久慈の秋祭りの山車にミス北鉄としてユイちゃんが乗っているシーン。

2013年の祭りには、能年玲奈宮本信子が本当に参加しました。

第18話は、本当の祭りの一か月後にエキストラ集めてロケしたそうです。


祭り当日の映像も噛ませてあるので、すっかり騙されてしまいました。
本当に、橋本愛が久慈秋祭りの女王として山車に乗っていたかというと、そういうことではなかったんです。


ロケふんだんに取り入れた作品で、いたるところに一般人らしいエキストラが登場する『あまちゃん』ですが、
震災を契機として終盤には、この傾向が一気に加速します。


最終話

「ミス北鉄の足立ユイちゃんです」
とのアナウンスで登場して笑顔を振りまく橋本愛

しかし、
「『あまちゃん』で足立ユイちゃん役の橋本愛さんです」
とのアナウンスで登場した場合、橋本愛のリアクションって、何か違うのでしょうか、というか、違うべきなのでしょうか?

と考えると、
このシーン、素のままでカメラの前に立っていても全然オッケーなわけです。

そして、それにこたえるエキストラ

撮影前に、一応、注意事項とか製作スタッフから聞かされるんでしょうけれども、
「地元を舞台にいいドラマ作ってくれてありがとう」って素でバンザイしてる人がほとんどなんじゃないでしょうか。

海女クラブの方

こっちも同様に、役者、エキストラ、ともにほとんど演技する必要のない状態です。
宮本信子の表情、夏ばっぱのキャラとしての演技を続けるべきなのか、やめて素になるべきなのかの間で揺れているように思えます。

お座敷列車を追っかける沿道の人々

これにしても、演技なのか、本心でやっているのか、一般視聴者にはもう全く分かりません。

そして、そのお座敷列車に乗っている役者たちのいでたち。

あまちゃん』中では、いつもの怖さを封印して緩い感じで通しました松田龍平
いつにもまして、緊張感のない様子。


橋本愛の前に立っている子供が、変。
監督も、もう演出する気がないのでしょう。
そして、この時の橋本愛の視線の動きも、演技してないでしょう。
管理されていない目の前の人の動きを、普通に視線が追っているだけです。



どういう人が、このお座敷列車に乗る幸福に浴したのでしょう?
みんな素でカメラに撮られているようにしか見えません。


テンションの高い演技でドラマを引っ張り続けた杉本哲太、おそらく素の表情。
年齢相応の疲れた感じです。
長らくご苦労様でした。


まだ、お笑い系の演技を続ける良々、それでもいつもほどのテンションではありません。

お笑い系の役者は、素に戻って真面目な顔したらダメという縛りがあるのでしょう。
皆川猿時も最後まで演技してましたが、それでも、いつもほどのテンションではないです。



ずぶん先輩は、あんまり変わりませんが、それでもいつもより肩に力が入っていないようです。


車窓を眺める尾美としのり
能年玲奈の憧れの人。
ほんのり涙ぐんだような目がステキ。

こうやって見ていくと、
お座敷列車の中で、フィクションが終了して、みんな素に戻っていくと感じられます。
ここから先は、もう全部エンドロールと同じ扱いなんではないでしょうか?

そして、意外に、というか、当然なのか、
一番素の部分を見せないのが、能年玲奈

ドラマの中で演技していない箇所、アキちゃんじゃなくて能年玲奈の箇所はいくつもあるのですが、
お座敷列車の中で、演じることを徐々に停止していくという芸当は、やっていない、

というか、バラエティ番組の能年玲奈を見てますと、
素に戻られるとカメラ回しようないってのが分かりますし、
撮影現場では、常にアキちゃんのキャラのままふるまおうとしてたそうで、


この点に関しては、素でカメラの前に立つことの多い橋本愛とは好対照です。

だからでしょうか、潮騒のメモリーズのパフォーマンスしているときの能年玲奈って印象がものすごく薄いんですよね。