『あまちゃん』  スナック今野ださださ


このように画面を繋がれたものを見て、

「飛行機が女の子に変身して、血を吐いている」と答えたとしたら、バカと言われるでしょう。
もしくは、多少気の長い学校の先生なら
「子供みたいなものの見方ができるのはいいことだね」というかもしれません。そして、それでも、いい点数はくれないでしょう。


つまり、私たちは、一般的には、飛行機が女の子に変身した、などという考え方は極めてばかばかしいものとして、ちゃんと考慮することはありません。


そして、映画の見方の核心とは、そういうばかばかしさの中に平然と入っていくことなのですね。


飛行機の色と女の子の服の色がほとんど同じであるということ、背景の空と雲の色が同じであること、

このことから飛行機と女の子に同質性を見出すこと、
もしくは、
無意識的に、そのように感じ方を操作されてしまうこと。

映画というのは、そういうものです。


そしてクドカンの『あまちゃん』ですが、

上手いなと思うと同時に、テレビってこういうもんなんだと唖然としたりします。

82話 吉田照幸監督

ブティック今野の新作発表会。
昼間でスナックタイムでないけど、後方のステージ使用。

「ユイちゃんがおらたちのレベルに落ちてしまったぁぁ」と吉田

誰も春子さんの服を見ていない。


しかし、このド派手な服を着ることで
次の回の第83話 吉田照幸監督

ユイちゃんのヤンキーファッションと共通性が生じ、そのことが春子さんの説教がユイちゃんに浸透力を持つことに見ていて納得させられます。

「アバズレの食いもんだよ」
ぶっきらぼうな優しさの表現。

どうしてこのシーンを優しさとみてしまうのかは、人に食べ物与えることの本質に由来することなのでしょうけれども、
このあと、勉さんがおっさん連代表として粉チーズをふりかけ、それを涙ながらに食べるユイちゃんの横顔で確定させられます。


また、
説教しているときは、ユイちゃんと春子さんは

と左右の対立を示していますが、

ユイちゃんの世話をおっさん連に任せて外に出たときは、

ユイちゃんと同じ  を向いてベンチに座ります。
ユイちゃんの現在の事情に思いをはせつつ、きっと自分の過去の問題を考えているのでしょう。


同じような服を着ている人は、同じような内面を持ち、
同じ方向を向いている人も、同じようなことを考えている、
これは、
映像作品が何十年もかかって語り続けてきたことです。



「ブティック今野ださださ」

春子さんの衣装は、
リアスのステージでブティック今野の新作発表会をやった時に最初に来ていた服。
ユイちゃんの方は、さっきと同じ服ですけど緑色のダウンジャケットを上に着てる。
どちらの衣装も、さっきのシーンほどとげとげしい感じは見た目にはありません。

ユイちゃんが、このゲームのルール理解していなくて何回もコマネチやっている痛いながらもほのぼのとしたのシーンですが、

さっきのナポリタンが慰めのシーンだとしたら、これは、ユイちゃんへの優しさのこもった罰ゲームなのでしょう。

「ブティック今野ださださ」
ブティック今野の服=ヤンキーファッション=やさぐれた態度の象徴
これは、ダサいことだという説教と、それを納得させるための罰ゲームです。

小説の場合、人物の服装なんて、読者はほとんど読み飛ばしてします。
でも、舞台や映像作品だと、衣装はものすごい効果があるものでして、82話と83話の『部テック今野」にまつわる駄のない展開には、クドカンの能力の高さが示されています。



ただ、テレビドラマゆえのいい加減さというのは、
82話

この後、東京の夜のシーンがさまれて


それに83話には、見てる側にとってはリアルに一日分の間隔がありますので、
見ている人には、新作発表会からナポリタンのシーンには 一日分以上の時間差があるとつい思ってしまうのですが、


万引きするユイちゃんを捕まえる春子さんの服装が、同じことから、
吉田の『ユイちゃんがおらたちのレベルに落ちていまったぁ』の後、春子さんはユイちゃんを尾行した可能性が高いと思ってしまいます。

そうでなかったら、春子さんは二日続けてこの服着ている訳で、
さすがにこんな服二日間も着ないだろう、変です。

連続ドラマだと、前回の細かい点って視聴者あまり気にしないはずですから、こういう点に関してはいい加減なことやっても構わないみたいです。
まとめてみると、なんか騙されてたと思ったりします。

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