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キャプチャー画像なしで映画を語る その①『テルマとルイーズ』

今になってやっと自分は、映画を語る際にキャプチャー画面に矢印を書き込むことから開放されたような安堵感を感じる次第。

以前
『テルマとルイーズ』のDVDを借りうなったのは、

お蔵になったラストシーンとして、メキシコに向けて進む車の後姿が撮影されていたのですね。

おおっ、と思うと同時に

これ見たときの私の感想は、おそらく普通の多くの人とは異なり
「そんなもんだろ」の一言。

「あのがけから飛び出して無傷で済むなんてどこの国のファンタジーですか?それとも大ヒットしたら続編作るつもりでいたの?」なんて感想はわたしには無縁でした。




ラストの車の飛び込む方角は、ポジティブの方向で、
このラストシーンは、監督なり編集者から、肯定的なものであるとのメッセージが発せられています。

なんで、崖飛び降りて自殺するのにポジティブなんですか?といわれると、

テルマとルイーズは命よりも大切ななにかを見つけ、そこに迷わず飛び込んだ、と解釈していいのではないでしょうか?



あの車が崖から落ちて川底にたたきつけられてくしゃくしゃにつぶれるまでの数秒間に、二人の女の人は何を思ったのでしょう、何をしゃべったのでしょう?そんなことついつい考えてしまいます。

もし、この車の方向が、ネガティブ側に向けてのダイブだとしたら、
テルマとルイーズは、ダイブした時点で死人という意味を帯びるでしょう。

ポジティブ方向にダイブしたから、ダイブした時点では二人はまだ生きています。


人生の中で一番濃厚な数秒間

お蔵ヴァージョンの
メキシコに向かう二人の後姿は、中央まっすぐ進む日の丸構図で、ネガティブでもポジティブでもないニュートラルなものです。


つまり二人が崖からダイブしてたどり着いた地平には、もう逃げる必要も隠れる必要もない、ということでしょうか。

それとも、何の説明もなくとも、あの後姿を見て
あの世にたどり着いたテルマとルイーズを感じる人もいますよね?


アメリカ人は天国信じてるってこういうことなのでしょう。