『ゴッドファーザー』 実は相当にわかりにくい映画

 

ネットで拾った『ゴッドファーザー』の脚本。

おそらく、この脚本で撮影に臨んだはず。

http://www.awesomefilm.com/script/THEGODFATHER.txt

撮影は4週間 それに対して編集は5か月

そして、出来上がった映画の台詞は、こちら。
The Godfather Part I Transcript

本来は、説明的な台詞、説明的なシーンがいくつもあったのですが、
そういうのがバッサリとそぎ落とされています。


例えば冒頭のシーン。

「アメリカを信じていました」

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「善良なアメリカ市民として警察に行ったんです」

と話すボナセーラに対して、ゴッドファーザーが皮肉めかして言うはずだったけど、削られた台詞。
「You think it's enough to be an American」
(わたしのところにこなかったのは、アメリカ市民であればそれで十分と思っていたからだろう?アメリカの法と正義があれば、わたしみたいな人間に頼る必要はないと考えていたからだろう?)

ボナセーラの「アメリカを信じていました」の演技、そして、ゆっくりとひいていくカメラ、
映像として力があるので、
アメリカ、アメリカ、アメリカと言葉を繰り返すのが冗漫だと監督は判断したんでしょう、きっと。

ボナセーラに関してはそれでもいいのですが、
アメリカ市民であればそれで十分だと考える人物がもう一人結婚式に参列していまして、

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それは主人公のマイケル。
妹の結婚式に イタリアスタイルの礼服ではなく アメリカ海兵隊の軍服姿です。
設定が1945年の夏で戦争が終わった直後ですから、帰還した軍人が軍服を着たまんまというのは自然なことなのでしょうが、

彼が軍服を着ていることが、彼がイタリア移民の子どもとして生きていくことよりも、一人の善良なアメリカ市民になることを望んでいることの比喩のように見えます。

そして皮肉なことに、この祝いの場で忌むべき暴力を最も連想させるのもその軍服だったりします。

「アメリカ、アメリカ、アメリカ」とボナセーラが言葉で繰り返すことをやめると、
こういうつながりが分かりにくくなってしまうのですが、

何度でも繰り返して『ゴッドファーザー』を見返すと、
そういう細かいところの仕組みが浮き上がってきます。

これと全く逆の映像、
例えば阿部寛仲間由紀恵のドラマ『トリック』ですが、
映画と違ってドラマは放送時間がかっきり決まっていますから、時間通りに編集するために、
シーンとシーンのつなぎ目に当たるところに、カットすることをほぼ前提とした台詞や演技が用意されています。
それらシーンを残したり捨てたりすることで、時間の調節を行うのですが、
それらをお宝シーンとしてDVD化されたときにおまけとして付けているのですが、
ああいうのは、あってもなくてもいい、いわばカスです。

ゴッドファーザー』の場合、本来あるべき台詞、演技、光景を バッサリバッサリそぎ落としていまして、
それによって物語が分かりにくくなっているのですけれども、
注意深く繰り返して画面を見ていると、ちゃんとそぎ落とされたものの痕跡が残されており、
観客はそれら手がかりから、本来映画が語ろうとした全体を脳内復元できるようになっています。

ゴッドファーザーは実のところ、相当にわかりにくい映画なんですが、
それでも、ちゃんと見ると、10回見たらその分だけ、20回見たらその分だけの労力に見合った情報を与えてくれる点では、それなりに親切な編集がなされています。

そして、一回見ただけでも十分感動できるように、主要キャラクターの感情の流れはものすごく簡単につかめるように映画が出来ているんですね。
これは、本当にすごいことです。




最後に粛清される幹部テシオが、最初の結婚式のシーンで子供と踊るところ。

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このブログで紹介したシナリオによれば、ドンコルレオーネの葬式で10年ぶりにテシオはこの女の子と再会する。
また、そのシナリオには、女の子の足をのせているテシオの革靴はものすごい高級品だそう。
この女の子も濃い顔なので、テシオの孫娘か何かなのだろうとみているだけだと感じられるんですが、
本来、このシーンは、組織を裏切ることになるテシオの人の好さ、子供好きなところ、善良なところを示したものだったようです。
しかも、彼が組織を裏切る間際に、そのことを確認させるはずだったんですが、

映画はそういう説明というか言い訳をそぎ落としました。

でも、この映画を繰り返してよく見ると、そういう部分は全部痕跡が残っているんですよね。

たぶん、この映画の中に本当の悪人は一人も出てこないのでしょう。


次男のフレドを単なるダメ男とみなす人もいるかと思いますが、どうして彼を粛清した後にマイケルが地獄に落ちなくてはならなかったのかが、分かるシーン。

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父親を殺し屋から守れなかったばかりか、すぐに救急車を呼ぶ機転さえなかったダメ男。

 

でも、元の脚本では、この襲撃の後、路上の人たちはみんな怖れて、フレド一人が泣いていることになっていました。

 

彼は確かにダメな男なのですが、

映画では、

でも瀕死の父親の前で泣く姿にマフィアとしての貫録が一切なく、それが却って路上の一般人の警戒心を解き、おそらく救急車に電話してくれたのは、それらの人の誰かなのでしょう。

 

隠れた微徳とでもいうべきものです。

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フレド役のジョン・カザールの素晴らしい演技です。