壊してバラバラにして、直してまた組み立てる。

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岡田和人作品の面白いところ、たぶん一番面白いところは、彼の作品群に於けるプロット、キャラクター、台詞、舞台設定がまるでレゴブロックであるかのように分解・パーツ化され、それが次の作品群で再構成されていることで、

この結果、後続する作品群は複雑なモザイク模様のような魅力をたたえることになります。

 

そして、新しい作品の中で過去作品のパーツに言及されることにより、過去作品に対する再解釈が行われているようにも思われます。

 

 

例えば、

岡田作品では、主要女子キャラは目頭目尻が繋がっていないのがほとんど。

 

『いびつ』のメグ。

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目頭目尻が閉鎖している女子キャラは稀ですから、無意識的に読者はそこに何らかの意味を感じ取ってしまいます。

 

『いびつ』の人形は、円の顔を石膏で写し取ったデスマスクですが、目がない事と目尻目頭が閉鎖してる事がモデルである円との差異として示されています。

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『ほっぷすてっぷじゃんぷッ!』の不気味少女。

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『いびつ』の前々作内のキャラですが、死のにおい、変な文系サークル、SM等『すんどメ』『いびつ』につながる要素の多い脇役でした。

 

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 そして、彼女の人形に対する偏愛を示すためでしょうか、彼女の顔自体が人形のように表現されている、

つまり、特に目がうつろな黒一色で、目頭目尻が閉じた形態で描かれています。

彼女は、『いびつ』のヒロイン・円の原型キャラというよりも、彼女をモデルとした人形の方のひな型なのかもしれません。

 

『すんドめ』の浪漫倶楽部の同期のタツヤ。人形が恋人という設定。

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人形がほとんど出てこない『すんドめ』の物語の中では、見落とされがちですが、

人形の目頭目じりが閉鎖して描かれている以外にも、

タツヤの刈り上げの髪形、『いっツー』の千秋と大体同じです。

 

 

『いっツー』の千秋。 

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前作にあたる『いびつ』の円のキャラの多くの部分を引き継ぎながらも、彼女の眼は

目頭目じりは閉鎖系。

『いっツー』に人形は出てきませんから、千秋のキャラクターそのものが人形である、もしくはこれまでの作品群の人形に係わる属性を背負っていることを示唆しているのかもしれません。

 

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 千秋の家は、『いびつ』の柿口さんの家と同じ。

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『いびつ』の最後のあたりで、柿口さんの家が売家となっていました。その家を千秋の祖父母が買い取った、という現実的な設定ではないところが岡田和人らしいところです。

 

柿口さんの家は東京練馬区あたりか埼玉らしいのですが、

千秋の家はもっとずっと田舎のへき地です。

建物自体は同じなのですが、それらの近所の後継設定はまるで異なりますし、ついでに言うと庭木が異なっています。

『いびつ』の柿口家

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玉仕立てに刈り込まれた植木。

 

『いっツー』の千秋の家。

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緑の濃い地区であり、庭木も剪定されていない。

 

岡田作品にはいくつかの場所が作品の枠を超えて登場します。

 

廃墟の病院だったり、橋の下だったり、公園のトイレだったりするのですが、

それらの場所を特定できたとして、では物語の設定上の舞台を特定できるのかというと、そういう設定には岡田作品はなっていません。

 

柿口さんと千秋が同じ家に住んでいるから、過去において売却された家を買い取ったとかそういう現実的な設定ではなく、

おそらくパラレルワールドの接点のような形でそれらの場所が使われている、らしいです。

別の世界の話なのですが、微妙な形でつながった二つの世界、

どういう作者による別個の作品って、そういうものだといえばその通りなのでしょうけれども。

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『いっツー』で相模斗里が千秋の家に泊まる場面。

隣の部屋のすみに積み上げられた荷物をチェックすると、大きな紙を巻いたものが一つ。『いびつ』で円の体から人形の型どりをしたときのものだろうか?箱二つは彼女の引っ越しの際のものだろうか?

 

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柿口家の庭に積み上げられているガラクタの山。それらほとんどが植木鉢で、死んだ祖父の趣味がガーデニングであるとして、彼が病気で動けなくなってからの数年間は全く植木鉢の手入れはされていなかったはず。にもかかわらず君子蘭はいまだ葉を残している。

 

こちらは『いびつ』の前々作『ほっぷすてっぷじゃんぷッ!』で主人公が下宿することになった莢香の伯父叔母の家の前。

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こちらにも植物プランター、そして君子蘭。

 

この二作品も直接つながった設定ではないのです、このゴミの山とかした植木鉢が示すのは、『ほっぷすてっぷじゃんぷッ!』のかなえられなかった夢と希望がガラクタと化した世界が『いびつ』の世界なのだろうかと勘繰ってしまう。

 

 

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『いびつ』では、こんな風に言って他者の侵入を防ごうとする柿口さんでしたが、

結局、柿口さんだけの大切な世界に円と人形が住み着くことになります。

『いっツー』では千秋が、その大切な世界に当然のように住んでいるのですが、…

 

 

まあ、千秋は柿口さんだけの大切な世界に住む資格がある人らしいということのようです。

あくまで一つの仮説、わたしの物語の解釈に過ぎないのですが、

千秋は柿口さんが作った人形なのではないか、もしくは柿口さんと円を結び付けた左手を所有するところの人形なのではないか、と捉えるならいろいろ腑に落ちる点が多いです。

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『いっツー』って『いびつ』の世界を人形の立場から覗いてみた、そんな設定のような気がします。

 

 

いびつ』の物語解釈で重要な分岐点となるのは、この人形って円と同一なのか?それとも別の人格なのかという点だと思われます。

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物語の冒頭で二人を結び付ける運命の痴漢の手って、人形の手らしいのですから、

二人が出会う前から、人形って意思を持った存在として『いびつ』の世界にいるらしいのですよね。

円の魂が柿口さんによってパーツの一つ一つ人形に移し替えられていき、最後には円が死んで人形が魂を持ったと解釈することもできるでしょうが、

円と人形は別の存在で、人形はずっと以前より意思を持って存在していると解釈することも可能なようです、いやむしろその方が理にかなっているように思われます。

 

そして、『いびつ』の中では存在しているのかいないのかあいまいな人形は、そのパラレルわーるである「いっツー』の世界の中では千秋として存在し、そちら側の世界では柿口さんと円が架空の存在、おそらく千秋の妄想らしい。

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主人公をブタ二号として散々オモチャ扱いする千秋ですが、一号は架空の存在であり相模少年にとっては嫉妬は全く無駄な事でした。

たぶん、このブタ一号は柿口さんのことだと思います。

 

そして『いびつ』の人形に人格を認めると、

円は柿口さんが好き → 柿口さんは人形が好き → 人形は・・・が好き

と、『いっツー』の人間関係のひな型を見るようです。

 

岡田和人の作品では後続作品が前作の解釈として存在するとみなすなら、こんな風に『いびつ』と『いっツー』を語ることもできるのではないかと記してみました。