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『酒のほそ道』 酒吞みワンダーランド

2012年手塚治虫文化賞短編部門受賞作品です。

 

酒のほそ道 1 (ニチブンコミックス)

酒のほそ道 1 (ニチブンコミックス)

 

 このマンガ 私は繰り返して30回くらい読むでしょうか。

 

既に23年以上連載されている作品で、

長さだけでいうなら、

ドラえもん』27年

サザエさん』28年

島耕作シリーズ』34年

こち亀』40年

などがあります。

 

島耕作ですと、若い時から始まって、どんどん出世していくのにかかった年数と連載の期間がほぼ一致していますが、

その他のよくある作品ですと、どこかで時間が止まったワンダーランドが舞台になっているのが興味深いです。

 

例えば、ドラえもんですと、昭和三十年代の東京郊外が舞台であり、のび太とその仲間たちは、延々と小学生の時間を繰り返すのですが、

しかしながら、その連載雑誌が小学館の『小学一年生』から『小学六年生』であるので、のび太とその仲間の年齢の成長が止まっているとしても、読者が中学生になるとドラえもんの世界から卒業して大人になっていくのですから、

『小学~年生』の連載を読んでいた子供の立場からすると、ドラえもんの世界に違和感はありませんでした。

 

それと比べると『こち亀』は、年齢不詳のおっさん警官が主人公で、連載されていた40年の間ほとんど彼とその周囲の人たちは年を取らない。そのくせオリンピックとかの時事ネタはちゃんと作中に出てきますから、作品の中の時間の流れと登場人物の年齢に齟齬が生じてきます。

もちろん、読む方のこちら側は年ごとに一年ずつ老いていきますので時間の止まった作中人物とその世界のコアの部分がワンダーランドのように思えてきます。

おそらく『こち亀』の世界観のコアの部分は秋元治の子供時代なんでしょうか。

 

 この『酒のほそ道』にしても、短編マンガで、酒に意地汚いおっさんくさい主人公が毎回毎回酒を飲むという、それだけのミニマムな物語が延々と何度も何度も繰り返されます。

コンビニにおいてあるグルメマンガと認識されている人も多いでしょうし、私も最近レンタルして全巻読むまでは、コンビニ版のアンソロジーで読んだだけでした。

で、レンタルした正規版のコミックで発表順に作品を読んでいきますと、いろいろ興味深いことが分かってきます。 

 

主人公の岩間宗達は、大酒のみのサラリーマンですが、俳句をたしなむ風流人。それゆえに四季の移り変わりや季節のイベントを舞台に酒を飲む話が繰り広げられます。

 

酒のほそ道 ?四季彩総天然色?
 

風流な酒飲みの話ですから、一年の季節の流れから物語世界が離脱することができない。

毎年必ず現実世界の四季に合わせて、花見の話や海水浴の話や年越し・正月の飲みの話が描かれます。

 

主人公である岩間宗達は、マンガ連載開始当時の年齢設定が29歳。それが二十二年間にわたって毎年のように正月や花見のエピソードが描かれますので、こちら側の世界と同じく、岩間宗達も51歳になっていないといけないんだろうなぁという気がします。

こち亀』とか『サザエさん』みたいに、開き直って作中の時間の流れを止めきってしまえばいいのでしょうが、

他愛無いホームドラマと違って、酒吞みって毎日飲んでいればいいにつけ悪いにつけ老いていくわけでして、いついつまでもさわやかな酒吞みであることはできないのでしょう。

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長年酒を飲んでいると病気になって、人生を考える。

長年酒を飲んでいるうちに結婚して子供ができて、酒代を削らざるを得なくなる。

長年酒を飲んでいると、酒で大失敗してそれで反省して禁酒する。

長年酒を飲んでいると、好きな酒の種類が変わったり、吞み方が変わったりする。

等のいろいろな転機があるものですし、作者のラズウェル細木もエッセイの中でその手のこと書いていたりします。

 22年間の連載の中で、主人公の岩間宗達は五歳ほど年を取ったことになっています。

連載開始時には、居酒屋でたばこ吸ってたんですが、最近の作品ではメタボがどうしたプリン体がどうした痛風がどうしたという話がよく出てきます。

そして、それ以上に酒吞み、酒を飲むことに対する世間の考え方が変わってきたようで、

このマンガの連載の始まったころの90年代の学生生活って、文系の場合は授業もほとんどなく飲み会に参加するだけのために大学に籍おいてたようなものでした。

世の中もそれでいいと思っていた、というよりも、政治に口出すくらいなら若者は酒吞んで遊んでりゃいいと経団連のジジい連中が真剣に思っていた時代です。

今ではさすがにもっと時間を有効に使えよと社会が要請していますし、20以下の飲酒にはすっかり世間が厳しくなっていますし、それ以上に酒吞まない人も増えました。

なんだか、酒を呑むこと自体じじ臭いものになってきてるようですし、岩間宗達の姿を見て「いまどきの35歳はこんなじじ臭くないよ」という感想が若い読者からは必ず出るでしょう。

 

週刊誌に連載されているマンガですから、年に50回。その内4回くらいは、伯父夫婦と一緒に呑むエピソードになります。

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主人公29歳に対し、伯父さんは60歳くらいの設定だったんじゃないでしょうか。

そしたら22年後の今ですと82歳。ちゃぶ台とかこのいでたちとかだと、そんな齢でしょうか?

 

作中の中では22年間の中で5年ほどしか時が流れてないことになってますから、この伯父さん65くらいのはずなんですよね。そしてそれ以上におばさんが60歳だとしたら、「今時こんな六十歳いねぇ」とケチが付きそうです。今の60歳はユニクロ来て一昔前の40代にしか見えんわ、って。

 

 

この『酒のほそ道』のワンダーランドぶりは、これにとどまりません、もちろん。

毎回毎回酒吞むだけのミニマム物語なんですが、その吞む相手も

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  • 学生時代の吞み友達

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  • 近所の酒場に集ういつもの面々

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  • 伯父さん夫婦

それから

  • 仕事関係の人と飲み
  • 一人酒場
  • 自宅で一人吞み

以上のパターンがローテーションされます。

 

一番多いのは会社の同僚と帰宅途中に飲むパターン、大体25%くらい。それに次ぐ回数は家の近場の小料理屋でいつもの面々と飲むパターン、大体20%くらい。

そんで、

「ああ、これってワンダーランドだな」と思うのは、主人公が小料理屋の暖簾をくぐると、そこの女将さんが

「あら、岩間ちゃん久しぶり」って挨拶するんだけど、

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女将さんは毎回毎回別の人。つまり毎回毎回別の店に岩間宗達は行くにもかかわらず、そこで出くわすのはいつもの面々。

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酒のほそ道』ワンダーランドのこのルールが私は好きです。

吞み助にとって、いろんな店を開拓したいという願望はあるのですが、

新しい店に一人でいったら、誰も話す相手がいなかった、その店の常連ばかりが盛り上がっていて居場所がなかったってことになりかねませんので、なかなか新しい店を開拓するのは気が進みません。

でも、新しい店にふらっと入っても、そこに必ずいつもの吞み友がいると都合がいいのになぁという、吞む側の願望がうまく投影されているようです。

 

 

これとは逆に、『酒のほそ道』の姉妹編ともいえる『美味い話にゃ肴あり』ですと、

 

 居酒屋のマスターが主人公で、毎回毎回彼の店に同じメンツが集います。

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でもこれだと物語が煮詰まってしまうのですよね。というか人間関係が煮詰まりやすいので、登場人物どうしでしょっちゅう切れ合っています。

なんか酒吞むマンガというよりも、酒吞みを観察するマンガという感じです。

まあ、これはこれで面白いのですが。

 

 

 

 

 

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