マッドマックスについてふたたび物思う  『テルマとルイーズ』

スピルバーグの『激突』がマッドマックスの元ネタになっているというのは、監督のジョージ・ミラ―自らが認めるところです。

 

スピルバーグってハリウッドでも屈指のコミュ力の高い男で、それゆえジョージ・ミラーとしてもあっけらかんと「元ネタにしました」と素直にいうことができるのかもしれませんが、

 

今回取り上げるリドリー・スコットは『ブレード・ランナー』の撮影でスタッフともめにもめ、その様子を映したドキュメンタリーの題名に『デンジャラス・デイズ』と付けられたというような負のベクトルのコミュ力の持ち主です。

こんなんでは、ジョージ・ミラーも「じつはリドリー・スコットの『テルマとルイーズ』を元ネタにしました」とあっけらかんと公言することもやりづらいのかもしれません。

 

でも、誰がどう見ても『Fury Road』と『テルマとルイーズ』って似てるんですよね。他人の空似ってのは無理があると思います。

 

 

 

 

『Fury Road』(2015)より

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『テルマとルイーズ』(1991)

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で、面白いんですが、これがジョージ・ミラーからの一方的なパクリなのかというと、そうではなくて、

 

『マッド・マックス2』(1981)

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フェミニズム的観点から『Fury Road』って『テルマとルイーズ』を元ネタにしていると論ずるは易いことですが、

実のところ、『テルマとルイーズ』って『マッドマックス2』から多くのものをいただいた作品らしいことが今となってはよく分かります。

 

どちらの監督もインタヴュー等で、これらのことを公言はしていませんが、互いの映画でそのことを双方とも認め合っているようです。

「強敵と書いて友と呼ぶ」的な友情の在り方というか、なんというべきか。

 

『テルマとルイーズ』

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大詰めで、テルマとルイーズを狙撃するために勢ぞろいした警官。

 

『マッド・マックス2』

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大詰めで、マックスたちの逃避行を阻止しようとズラリ勢ぞろいした悪玉ども。

 

 

2つの作品は全然テイスト違いますし、2つの作品とも見る観客を選ぶようなとこありますが、

今になっていわれてみれば、『テルマとルイーズ』っていたるところでマッドマックス頂いてるのがよく分かります。

 

 

 

『テルマとルイーズ』より

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セクハラかましてくれたトラックドライバーのトラックに発砲して炎上させるシーン。まさにフェニミズム全開な個所です。

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そのトラックの形状と色彩は、エイリアンのデザインを思わせます。そして、巨大な男根のようでもあります。

 

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でも、今になって思えば、このトラックってエイリアンという以上に、

マッドマックスのトラックじゃぁないですか。

タンク打ち抜いて炎上させる前に、タイヤに命中させて空気すーすー抜けるのもマッドマックスっぽいですし。

 

 

『テルマとルイーズ』

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目の前に崖があるにもかかわらず、テルマが「行こう」っていいます。

 

ちなみに『マッドマックス2』だと

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「Go! Go! Go! Go! Go! Go!」と五回連呼するのはこちらのモヒカン。

 

全然テイスト違うに作品ですけれど、この二人が行こうとした場所って、ともに、

生命が一番きらめく場所らしいって点は見事に共通しています。

 

 

 

でも、わたしが『Furry Road』を見て、『テルマとルイーズ』以上に似ていると感じたのは『エイリアン』の方です。

『Fury Road』の美女を乗っけたトラックをオスの群れが追っかけるという展開、私には受精のプロセスの比喩のように見えて仕方ありませんでした。

そして、それは『エイリアン』もそうです。

そういやあ、どちらの作品もオスは最後には撃退されるんですよね。