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『血の伯爵夫人』  ハロウィーンを待ちながら

吸血鬼伝説の元ネタとなっている人物の一人についての伝記映画です。

自分の若さを保つために処女の生き血をすすっていたと言われる人ですが、

gyao.yahoo.co.jp

そういう人物について描く場合二通りのやり方があると思われます。

一つは、猟奇趣味を強調して見世物にしてしまうやり方。

もう一つは、猟奇殺人者ではあってもその成り行きや動機を考察するに、一般人が少々逸脱しただけと同情するやり方。

 

この映画、後者の方でして、

映画の中でも、

後世の人たちから面白おかしく逸話を付与されて、実像とはかけ離れた姿になっているんじゃないか、

戦争で異教徒を殺してその死体の上で酒盛りやってた時代の話よ。

とか、

貴族の娘はらませた農夫を残酷に処刑するのがありだった時代のことを考慮して。

とか、

政治に巻き込まれて、ぬれぎぬ着せられた可能性も否定できない。

とか、いろいろ言い訳が紹介されています。

 

しかし、この映画の一押しの言い訳は、

若さを保とうとする女性の執念は、一つタガ外れるとこの伯爵夫人と似たり寄ったり。

 

じゃあ、男性は関係ないのかというと、

かつら産業、育毛薬の市場規模を考えますと、

人が若くありたい、若くて美しい愛人を手に入れたいという欲望って男女に隔てがないようです。

 

 

 私の家にザクロの木があります。毎年何人かがその収穫を心待ちにしているのですが、

噂によると、エストロゲンを豊富に含み美容効果が高いと言われることから、なかなかに立派な値段でザクロ製品が取引されるのですが、

 

本当のところ、ザクロにそこまで大それた美容効果ってあるのでしょうか?

別にこの商品に効き目がないといいたいのではなく、たまたま吸血鬼伝説の近場のトルコ産である点が私の興味を引きました。

ザクロの原産地もその辺りの比較的乾燥した地域で、乾燥地域原産の果実は濃厚な甘さを持つものが多いです。

 

ザクロの美容効果って、あの色彩が生き血を連想させる点から来ているのではないでしょうか?

仏教の逸話から、ザクロは人肉の味がするなどと言われますが、これも血とよく似た色彩ゆえのことでしょう。

 

 

肝心の映画『血の伯爵夫人』はどうなのかと申しますと、

クロジュースではなく、処女の生き血の美容効果を信じた女性の物語です。

そして、観客の私たちはその効果は痛々しい勘違いであると確信しながらこの映画を見ることになるのですが、

 

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鏡の中に映る彼女は、目の下のしわが異様に目立ちます。

そして、この鏡像は彼女の主観的姿。

 

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 それに対して客観的な彼女の容貌はどうなのか?というと、

目の下の皴は存在しません、その醜さは彼女の恋愛被害者としての妄想に由来するらしいことが暗示されます。

 

そして、この映画はこのような彼女の主観的姿と客観的姿の使い分けで物語を紡いでいきます。

彼女がそう思い込めば、肌は若返りますし、

逆方向に心が動けば、肌は衰えます。

 

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 それで、16歳処女の血を肌に擦り付けてみたら、

 

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みるみると肌が若返りました。

無論それは、彼女の妄想なのでしょうが、

肌の若返りに関しては、虚実がごたまぜに観客に示すことで、彼女の心的光景を観客に共有させようとする目論見の映画のようです。

 

主演のジュリー・デルピーの肌をそういう視点からチェックし続けないといけない映画でありまして、それは私にとっては少々めんどくさいのですが、

「女の人って四六時中こんな風に肌のこと気にして生きてるんだ」という感覚が少しだけ分かったような気がしました。

 

肌の状態に客観性がない映画ですから、常にそこに意識的にならざるを得ません。

それならばk

この映画に於いて無意識的なものを表現するには、どう工夫すればいいのだろう?

壁の状態に何か語らせてみようか?そんな演出プランがあったのではないかと勘繰ってみました。

 

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彼女の肌の状態は虚実ないまぜで本当のところは観客にはわからない。

彼女がきれいになったと思えば、きれいに映るし、

彼女が見にくくなったと思えば、見にくく映る。

そういう映画において、「本当のこと言うと、彼女の肌はこんなもの」という客観的情報提示を壁の状態でこっそり表しているのかもしれないと、見当をつけてみるのですが、

 

仮説としてはありかもしれませんが、実のところ何とも言えません。

 

ただいえるのは、伯爵夫人の住処でありながら壁の漆喰の塗り方はざらざらのぼこぼこで、当時のヨーロッパ貴族は意外に質素なところに住んでいたのだと実感いたしました。

 

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それと比べて、年下の彼が来るのを待っていた舞踏会の会場の壁は、

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 その虚栄を表すかのようにつややか。

 

当時の政治は男たちの舞台で、

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彼らの本心を隠すかの如く、フレスコ画で装飾されています。

 

悪事がばれた後、下手人は死刑となりますが、

彼女は貴族の名誉を守るため、塗りこめられた真っ暗な部屋に監禁されることとなりました。

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もはや壁の様子は闇に包まれて観客には見えませんし、彼女の肌がどのような状態であるかは彼女にとってわからなくなりました。

これまで彼女を苦しめてきた煩悩はもう存在しえませんから、

ある意味めでたしめでたしといったとこでしょうか。

 

 

夫の葬式のシーン

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人の臨終のシーンのカットのつなぎでは、

死んだ瞬間に頭の向きが入れ替わる場合がとても多い。画面の進行方向がである場合、画面の左側にある頭が、右側に移るカットにつながれる。

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 そして彼の鼻孔に留まったハエ。

 

baphoo.hatenablog.com

 

主人公にとって、死とは虫がたかることであり、肉体の腐敗を意味するようです。

 

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それは子供の時に、鳥を植木鉢に植えてみたら、鳥の木が生えたりはせず虫にたかられた死体があるだけだったエピソードでも示されています。

 

なぜ彼女が肌の衰えを人一倍嫌ったのか、処女を殺してまでもスキンケアに躍起になったのかに説得力を与えると同時に、

 

ラスト近くで、かつての恋人が彼女を逮捕しに来た時の晩餐。

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食卓の魚にとまるハエとその羽音。

このハエに導かれるようにかつての恋人は、地下室に放置された処女の死体を発見します。

また、

いくら表面を取り繕い、愛の言葉を語らせてみても、人間としてすでに終わってしまった主人公の腐敗した内面を示しているように思われます。