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ドラキュラと食事  ハロウィーンを待ちながら

バットマンはドラキュラを元ネタにしている、とか

ゾンビ映画はドラキュラの亜種だ、とか

そういうことを言っていると、

もしかしてブラム・ストーカーの『魔人ドラキュラ』って100年に一本の傑作小説だったんじゃないかという気がして、キンドルで読んでみるのですが、

 

吸血鬼ドラキュラ (角川文庫)

吸血鬼ドラキュラ (角川文庫)

 

 弁護士の日記から小説は始まります。ドラキュラ城へ向かう旅の様子とそこでの滞在が記述されるのですが、

やたらと食事についての描写が多いことに気付かされます。

まあ、旅に出ると食事は常に物珍しいものばかりなので、それらについて日記に記述があるというのはあたり前なのかもしれませんが、

小説を読む側としては、腹がふくれるわけでもないので本来気にも留めなかったはずの描写だったのかもしれません。

が、キンドルで読むと、すぐにネット上での画像検索ができるので、

いちいち食事メニューをチェックすることとなり、そのような読書の在り方は楽しいことなのですが、結構時間を食われることになりなかなかページが進みません。

 

 

ドラキュラの最初の映画化『ノスフェラトゥ』1922ですが、

映画化に際し、ドラキュラではなくオーロック伯爵と名前を変更すれば著作権はクリアできると甘い考えだったそうですが、当然のごとくブラム・ストーカーの遺族から訴えられました。

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真夜中にドラキュラの城についた弁護士が食事をするシーン。そこで指を切り血を流すと吸血鬼がその本性を露呈しそうになります。

 

小説は自分の気のすむ速度で読めばいいのですが、映画ですと二時間弱で物語を終えなくてはいけませんから、効率のいい展開が望まれまして、

これ原作ですと、最初の食事のシーンでは弁護士は出血しなくて、

翌日ひげそりしていたら、間違って切っちゃった時のエピソードです。

1992年の『ドラキュラ』の映画化ですと、

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この点に関しては原作に忠実です。

 

ベラ・ルゴシ主演の『ドラキュラ』1931ですと、

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原作ではなく、『ノスフェラトゥ』の食事時の出血を踏襲しています。

 

 

ノスフェラトゥ』には弁護士の食事のシーンが三回ありまして、

 

一回目

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「早く!俺の飯持ってこい」

ドラキュラ城に向かう途上での食堂で。

居合わせた村人は、彼がドラキュラ城に向かうことを知るとドン引き。

 

二回目は上述の晩餐で、

 

三回目、もう自分がまずい場所に来てしまったことは理解はしたものの、ごちそうが並んだテーブルを前にすると、やっぱりご機嫌な様子。

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そして、ドラキュラ伯爵改めオーロック伯爵は、この食卓で一緒に食事することはありません。

 

それはつまりドラキュラは通常の人間がもつ食欲を持たず、別の形での食欲を持っていることを暗示するのですが、

その隠された食欲が非常に強いものであることを観客に感じさせるためにも、この弁護士は食いしん坊である方が都合がいいようです。

この対比は、原作よりも『ノスフェラトゥ』の方が遥かに鮮やかにできていますし、映画は視覚情報ですから、図形的な論理を述べるには小説よりも有利であるとも言えるでしょう。

 

ノスフェラトゥ』1979 

いわばドラキュラのパッチもんのドイツ映画がそのクオリティの高さゆえに名作とみなされ、後年にリメイクされるのですが、

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その食事のシーン。

臨席する人物の不気味さ、外では狼の遠吠え。そういう最悪な条件を考慮すると意外なほどうまそうに食事しています。