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『ちりとてちん』の設計図 

子供のころに遊んだRPGのスタイルですが、
通常画面では自分の周りの狭いところの視界しか与えられません。

真上から見たらこんな感じですし、


主観カメラの3D風ですとこんな視界ですし、


斜め上からの俯瞰ですとこうなります。



そして、それらをより高い視点から俯瞰してみると、このような仮想世界の中をキャラは移動しているのですが、
この広範囲な視界は、画面の隅っこに表示される場合もあれば、
自分で方眼紙買ってきて、そこにマップを書き込まなければならなかった場合もありました、面倒くさい。


こちらはドラマ『ちりとてちん』の主要セットの場面です。




これらも、実のところはRPGでも視界の限定された画面と似ています。

そして、より高いところから俯瞰してみた場合、相当に意外な地図が描かれていたことを知って驚くことになるのですが、



福井県小浜市と大阪の地図上の位置関係ですが、旧若狭の国は福井県でも関西寄りで、小浜は大阪の東というよりかは、北といった方がよさそうです。
ただ、北陸は、関西の東の方角にあると、なんとなく思っていますから、

小浜から大阪への移動シーンは 地図的イメージにかんがみて、

の方がふさわしいのでしょうか。

そうすると大阪から小浜に帰ってくるときには →のむきがふさわしいんでしょう。
小浜の実家の入り口

ロケ  外から家に入る場合 → の方向からしか撮影されません。


セット 玄関内   来客は → からの方向からしか撮影されません。


このように実家の入り口の方向を固定しておくことで、

小浜に帰る  →  
小浜から出る ← 
の方向でドラマ内では統一されています。

もう一歩踏み込んだ言い方をすると
ふる里に帰る  →
ふる里から出る ←
の方角がこのドラマの基調を成しているようです。



テレビドラマの中にも実は古典舞台演劇と同じく 上手と下手の概念が存在する。
そのことを検証する前に、

テレビドラマの舞台となるセットが日本家屋である場合、
上手下手以前に、上座下座が必然的に存在します。

また、
大抵のドラマのセットは、開放型で、

照明機材やカメラが並んでいます。

つまり片側しか作られていないセットで、日本家屋のお約束事である上座下座が存在するとなると、

大阪の師匠宅のセットでの師匠のポジション。

座敷では、ほぼ常に向かって左側。


落語の稽古場では、常に向かって左側。

師匠の個室では、常に向かって左側。

この三つと離れの弟子の部屋が、大阪の家のセットのほとんどですが、

まず、師匠の縄張りとみなせる三つの部屋に、どの順序で主人公が立ちることを許されていったかを見て見ますと、

このような地図が出来上がります。
青を師匠の定位置 赤を主人公定位置とします。


では、師匠の入り口は どちらを向いているのか、という事ですけれども、

一般的日本人の地理的イメージだと  大阪←→小浜ですから

大阪の玄関←→小浜の玄関 がふさわしいのではないかと思うと、そうではないのですね。

多分、大阪の家に入るときは、常に→方向のはずです。


ですから、ここまでをマップにまとめますと、このようになります。

ついでに小浜の実家のいくつかの部屋を見てみますと、

向かって左側が上座。 どうやらそちら側からですとテレビが見れるらしいです。


座敷のセット。 向かって右が上座。茶の間よりもはるかに明白な上座下座の区別があります。

そして、

祖父の工房。この家の一番奥にいるのは祖父であり、

死んだのちも、

遺影となって、とどまり続けます。


そして、これらをすべてマップに書き込むと、

このようになっています。

大阪 小浜で 主人公が右になるか左になるかを統一してはおらず、

敢えて、玄関と小浜の茶の間でねじれの様なものを作り出しているのがお分かりでしょうか?

現在の日本映画・ドラマの画面構成は基本的にこうなっています。

主人公が、向かって右側にポジショニングをとれる場面は、主人公にとってのホームと言えます。
物語の目的を追及するために、いくつもある壁を乗り越える場所、それが主人公の本来の居場所なのですから。

私は便宜的に、主人公が物語を推進するためのイニシアチブをとれる場所のことをホームと呼び、そうでない場所をアウェーと呼んでいますが、

ちりとてちん』では実家がアウェーであり大阪の他人の家がホームという事になります。
このドラマでは、ふる里とは誰にとっても帰る場所であり、目的を追求するために奮闘努力する場所とはちょっと違うんですね。


そして、大阪の入口と小浜の茶の間が画面進行的にねじれた場所になっているという事、
これは、二つの場所を繋ぐための演出上の秘密なのでしょう。

物語では、やたらと大阪と小浜の距離が近く、大した用もないのに人が頻繁に行き来していますが、
それを画面上の流れとして自然ならしめるための工夫が、このねじれた地図なわけです。

そして、このような地図が出来上がった時点で、ドラマのテーマや結末はほぼ限定されています。
この地図は、40時間の長丁場の朝ドラの、いわば設計図の様なものなのです。


第一話 工房に行くと、祖父がラジカセで落語を聞いていた。

第14話 最初の出会い、師匠の家にさまよいこむ。

大阪の家の入口の向きが小浜の家の入り口と揃えてあるために、
すんなりと主人公は入っていく、もしくは帰っていくことができます。

そして、大阪の入り口の方向は祖父の工房ともそろえてあるゆえに、
二つのシーンには同方向のベクトルを作り出すことができます。

映画ですと、二時間集中してみるもんですから、
この程度の画面的伏線で、煩雑な説明をどんどん端折っていくのですが、
朝ドラは、朝ごはん食べながら見るものであり、数回に一回は見逃すことを前提として制作されているものですから、
これら画面的伏線は、言葉で説明されたり、説明的なカットの挿入により補強されたり、別のエピソードで詳細に説明されることになります。

でも、ちゃんと画面を見ていると、そういう説明っていらないんですよね。

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