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『武士の献立』 おもてなしの心をどうあらわすか

朝の連ドラ『ごちそうさん』と重なるところの多い映画で、観客内のジジババ率の高い映画です。

そして、画面構図上も『ごちそうさん』と同じ問題を抱えていまして、


日本映画の画面は方向に動くのが基本ですから、向かって右側の人物が 画面上のイニシアチブを握っているのが普通です。

しかし、旧態然とした日本家屋には上座と下座がありますので、物語の設定上は偉い立場にある人でも、物語のイニチアチブを握ることがほぼない場合、画面の向かって左側が居場所となることとなります。

家長の西田敏行は 座敷の上座が定位置ですが、映画構図的には立場の弱い下手にいるわけです。





舞台設定上の上座と 画面演出上の上手の整理が難しく、画面の進行方向がごっちゃになって分かりにくい作品が出来上がる危険性があるのですが、

『武士の献立』で言いますと、映画を通して観客をこんな風に説得しようというようなテーマは、ほぼ何もなさそうです。
マンガの『おいしんぼ』以来、グルメドラマは、そのパターンがほぼ出尽くしてしまいましたから、

この映画にしたところで、どうせ似たようなもんだろう、
珍しいところは、グルメ時代劇、それも金沢というローカル都市に限定した時代劇ご当地映画、
そんな感じでしょうか。
でも、その割には、方言が全然出てきません。


私たちは、旧態然とした日本家屋でお客におもてなしの意を表明するときに、上座を譲ったりしますが、
映画の画面上では、AさんがBさんに対して真心を示していることを無意識的に表現しようとする場合、
Aさんは、それとなくBさんと画面上の右左の立場を取り替えます。

だから、グルメ映像作品では、もてなす相手にごちそうをふるまうときに、
ふるまわれる側の左右の立ち位置が変わるのがセオリー化しております。

あまちゃん


初対面の夏ばっぱから口にウニをねじ込まれるアキ。

『武士の献立』でも同様の画面ツナギが見られますが、
どのタイミングで左右を入れ替えるかは、それぞれのシーンで微妙に異なり、

膳が供せられた時をおもてなしの瞬間とするか、または、口にして旨いと感じた瞬間をもてなされた瞬間とするかの二通りあるようです。


夫の作った料理にダメ出す上戸彩。もてなされている訳でもごちそう食べさせてもらっている訳でもありませんから方向。


10代前半からアイドルやってる上戸彩ですが、ずっと共演相手が年上という状況が長かったのですけれど、『武士の献立』では姉さん女房役で、これがけっこうはまっておりました。
以前『スタジオパークからこんにちは』で、「役作りは一切しない」とかおっしゃっておられまして、
つまり、それって、どの役演じても、上戸彩でしかないという意味なんですが、

その上戸彩本人が時とともに変わってくると、当然のごとく芸風も変わって来るんだなぁと感慨もひとしお。


P.S.   チャラの歌、最悪。 「不味い」