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『ピンポン』は「分かる奴だけわかりゃいい」ですんでも、『あまちゃん』はそれではすまなかった という話


「分かる奴だけわ分かりゃいい」の台詞について宮藤官九郎が語る個所があります。


その本意は、国民的番組の朝の連ドラなんだから、いつものドラマや舞台の脚本のように自分のファンだけ相手にしていればいい状況とは違うので、さすがにわかる奴だけわかりゃいいってわけにはいくまい、という自戒の念だそうです。


しかしながら、国民的な番組とは、子供から老人まで、ゆりかごを出たばかりの人から墓場に入る間際の人までが見るものでして、
そのように広範囲な年代を対象にすると、どうしても、特定年代にしかわからないネタができてしまうのは仕方がない、
そんな時は、「分からなかったら、分かる奴に聞けばいい」どうせ、朝ごはん食べながら家族で見てるんでしょ、ってなことのようですが、




あまちゃん』には、松本大洋からの引用が多くみられます。

たとえば、
台詞についてですが、

『ピンポン』

「風間さんは誰のために卓球をしているんですか?」 とアクマ
「むろん自分の為」 と風間
「冗談でしょう。それだったら何も俺だって...」とアクマ
「恨むか?」と風間
「同情します」とアクマ




あまちゃん』83話

「あんた、おばあさんや海女さんのために女優をやんの?」と鈴鹿ひろ美
「そしたら鈴鹿さんは何のために女優やんだ?」とアキ
「わがんね」と鈴鹿ひろ美

『ピンポン』と『あまちゃん』の類似に関する回


『ピンポン』の方の台詞は意味が分かりにくいですが、
宮藤官九郎の解釈で噛み砕かれると、

「自分の為だけにやっても物事は上手くはいかない」と単純な内容となり、そして、老若男女全ての日本国民の理解するところとなりました。


台詞だけではなく、『ピンポン』とは登場人物の行動パターンの類似も見られまして、


『ピンポン』
中村獅童演じるドラゴンが試合前に必ずトイレにこもるなんでトイレにこもるのか説明がなくわかりにくい。負けることへの恐怖に必死に耐えているらしい。

「先輩は下痢でありますか?」
「あいつは試合の前にはいつもこもるんじゃ」


あまちゃん』151話

ユイちゃんは東京からスカウト(太巻)が来るたびにトイレに逃げ込む。


「おなかが痛いのかな、シクシク痛いのかな、それともキリキリ痛いのかな」

じつはユイちゃんは、プレッシャ―に弱いという設定が、ユイちゃん自身の台詞で説明されている。


松本大洋は、知っている人は知っているけれども、
圧倒的に本が売れるというような漫画家ではありませんので、彼の固定ファンは、松本大洋の独特の言い回しを好みます。そして、その言い回しは、割とわかりにくいのですね。

『ピンポン』を映画化したとき、脚本を宮藤官九郎が担当したのですが、
その時は、『ピンポン』の映画の観客はマンガの方を読んでいることが想定されていたのでしょう。
説明的なことはほとんどしていません。
この点は、『あまちゃん』とは大きく異なり、
あまちゃん』の元ネタは『ピンポン』だから、とか、能年玲奈イチオシの映画だから、といって『ピンポン』を見られると、失望される方もいらっしゃるでしょう。


逆に、いちいち説明している『あまちゃん』をまどろっこしいと敬遠する『ピンポン』ファンもいていいはずなのですが、どうしたことはあまりいないようです。


本当は、松本大洋の愛好家もみんな、こころのどこかであの説明の少なさにイラついていた、もしくはそれゆえの感傷癖みたいなことにイラついていたのかもしれません。

ちなみに松本大洋は両親が小説家と詩人だそうで、文芸サラブレッドとでもいうべき人物であり、
もしかすると、現代の日本の一番の詩人かもしれません。



台詞、行動パターン以外にも、
場面の引用も多々みられます。

『sunny』の中にもデパートの屋上のしょぼい遊園地が描かれる回がありますが、

Sunny 3 (IKKI COMIX)

Sunny 3 (IKKI COMIX)

あまちゃん』のずぶん先輩と上野のデパートの屋上でパンダか何かの上に乗っているのは、わたしには松本大洋からの流用に見えました。


『GOGOモンスター』

GOGOモンスター

GOGOモンスター

このマンガ、『あまちゃん』と似た点のほとんどないものですけれども、

このラストシーン、
自転車と全力疾走の違いはありますけれども、
これ、ほとんど、『あまちゃん』のラストです。

冷静になって考えると、どうして堤防の先端のところに「STOP」と英語で書かれる必要があるのか?そんな必要あるわけなくて、撮影班が漁協に頼み込んで書かせてもらったってのは、分かって当たり前なんですが、

なかなかわからないもんです。

堤防は、波を止めるための設備で、その上を全力疾走するためのものじゃりません。

「STOP」と書いてなかったら、止まらない馬鹿がいるのか?
さすがに、いないでしょう。

堤防は、滑走路で、そこから空に飛び立つ、というイメージだったのでしたら、やはり、ちゃんと飛んでほしかったですね。

松本大洋作品には、俯瞰図と鳥のイメージが満ちていますから、宮藤官九郎は、ほんとに、その線を狙ったんだとは思います。


『ピンポン』

今迄にない高いレベルの試合をペコとの間で経験した風間。頭上をカモメが二羽飛んでいく。



あまちゃん
「またひとり、北三陸に飛べない鳥が逃げてった」
この台詞にしても鳥のイメージです。


言うまでもなく『あまちゃん』OP 水鳥が二羽。




あまちゃん』のどこに着目してみると、分かったような気になれるのか?についてわたしはいろいろ書いてきましたが、

  • 松本大洋の影響
  • ロック的価値観
  • 15分連続ドラマと二時間ドラマの相違

の三点が、わたしの気を特に引くものでした。

ロック的価値観については、上で貼り付けた宮藤官九郎のインタヴューにありますが、
「みつけてこわそう」って、

だったんですね。

言われてみりゃそうなんですけど、
ちょっとびっくりしました。

元ネタのイギ―ポップからは意味的引用がされている訳でなく、ただ何となく勢いで「みつけてこわそう」という番組名にしたらしいんですが、
気が付くと、それが震災復興と絡んで重要なものになっていった、そうで、

なんとなく無意識的に開始して、それが気が付いたら意味を持っていた、

これだけ長いドラマになりますと、始める前からちゃんとプラン立てることができない訳ですから、

とりあえずやってみよう、何も考えずに始めてみよう、そしたら死にたくないからなんとか生き延びようとする、

ドラマの中にそういう台詞が何度も出てきますが、たぶん、宮藤官九郎自身そういう気持ちだったのでしょう。