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『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』

平成ゴジラの第二期、所謂ミレニアムシリーズですが、

あんまり人気ないでしょうな。





ミレニアムゴジラの特徴として、

  • 自衛隊の全面協力
  • CGが多用されている
  • カット切り替えが早い
  • ウルトラマンっぽい(テレビっぽい)
  • 話がつながっていない

そして、

  • 画面進行が <― である

というのもあります。

人類に危害を加える悪役ゴジラの進行方向は ―> となる。
これは、昭和シリーズとは反対の向き。


平成ガメラシリーズで絶賛だった金子修介監督の作品、『ゴジラモスラキングギドラ 大怪獣総攻撃』ですが、
ミレニアムゴジラシリーズすべてそうなんですけれど、
1954の『ゴジラ』の続編という設定です。

昭和ゴジラだと『ゴジラの逆襲』、その流れをリセットした『ゴジラ84』は、それぞれゴジラの続編ということになっているのですが、それらをすべて無視した設定がミレニアムゴジラです。

なんで、東宝ゴジラを復活させる時に、54年のゴジラのことは既成事実として残すのに、その本来の続編のことはなかったことにするのか?というのは、結構面白い問題だと思うのですが、
その考察は次においておくとして、

あんまり面白くないミレニアムシリーズですが、その中で一番マシな金子修介監督作品は、
ゴジラ』の続編の設定であるということで、『ゴジラ』をどうやったらどこまで再現できるのだろうということを真面目に考えてみた作品のようです。

54年の『ゴジラ』の暗さとは、一体なんなんだろう?ということですが、この作品の中でも語られておりますが、ゴジラというのは太平洋戦争の戦没者ならびに民間人の犠牲者の癒されざる魂の象徴ということなんですが、
その重さが、ゴジラを暗い作品にしているとは誰でもいうことですけれども、具体的にはどのような手法によって暗さを演出しているのでしょうか?
私も考えてみましたが、金子修介監督もこの点について相当考えられたものと見受けられます。

  • 画面そのものが暗い

当時のフィルムの問題によることですけれども、現在の映画で、この暗さを出してしまうと、さすがに観客からそっぽ向かれるでしょう。

54年の『ゴジラ』の特徴として、あのものすごい足音が挙げられます。続編以降では、ゴジラの存在について観客はみんな知っているので、いきなりゴジラが画面に登場しても構わない、というか、上映開始早々にゴジラを画面に出さないと観客納得しないんですよ。
それと比べ、第一作では初見の観客にとってはゴジラは謎の存在ですから、まず足音だけで映画の中に登場します。ゴジラの全身像に対して観客の想像を大きく刺激するために、ものすごい足音として表現されているのですが、
この足音の響きが、非常に不気味であるとともに、災害に直面した人たちの当事者目線を感じさせてくれるのです。

例えば911ですが、あの時ニューヨークに住んでいたからといって、WTCビルが崩れてくるところを誰もが目にしたわけではないでしょう。私たち外部のものは、あの光景をテレビを通してみたのですが、ニューヨーク市民は、決してあのテレビ画面を見ていたわけではないのです。WTCビルの東海の様子を音でしか認識しなかった人たちって大勢いると思いますよ。
ガラガラと崩れる音がして、なんじゃこりゃと思ってテレビつけた。そんなもんだと思います。

災害の当事者というのは、テレビに映るような俯瞰的な情報や映像を与えられていない場合がほとんどで、限定された音とか臭いとかから災害を体感しているわけです。リアルさっていうのはそういうもんなんじゃないでしょうか。
東京大空襲の時でも、限定された情報の中で逃げ惑ったり絶望したり、もしくは被害の大きさに全く無知なままだった人も大勢いたと思いまs。

ゴジラの足音ってのは、そういう災害の体験に根ざした表現だと私には思われます。そしてそのような演出を続編以降で放棄したので、
以降のゴジラシリーズには災害体験のリアルさがないのではないだろうか?

  • 日常生活が破壊されている様子を描く

怪獣の怖さ、災害の恐ろしさというのは、お化け屋敷と違って、帰るはずの家と日常が壊されて、被災者は行き場を失うという点にあるでしょう。

  • 何ら罪のない人が死ぬ

「もうすぐおとうちゃまのところに行くんですよ」


おしっこしている温水洋一が踏み潰される場面。

  • 病院を描く

311の件で日本人みんな実感したと思います。災害に引き続いて、負傷者の収容があり、そこで悲喜交々の光景が現出することになります。


  • ゴジラを民話伝承に結びつけて神話的世界、黙示録的世界として描く。


わたしには、54年の『ゴジラ』の秘密というのはここまでは分かるのです。そして、金子修介ゴジラはそれらをきっちりと描いているのですが、だからといってオリジナルゴジラの世界に到達できたかというと、何か違う、まだまだこんなんじゃない、と思わざるを得ないんですね。

オリジナルのゴジラの暗さというのはなんなんでしょう?人間ドラマってったって、オリジナルゴジラを繰り返してみるとき、あれら人間ドラマの描写ってたいてい早送りして見てますから、ゴジラの暗さの確信にはあんまり関係ないと思うのですよね。

結局、なんだったんでしょう?ゴジラの秘密というのは。