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映画を見ているとき、人は如何に画面の方向を無視しているかについて 『ブルーマックス』

映画論

以下の内容を読まれるのでしたら、こちら(映画の抱えるお約束事)もどうぞ。当ブログの映画についての理論がまとめてあります。


前回の内容は、第一次大戦塹壕戦の映像化とサッカー中継の共通性についてでした。
二つの陣を−><−に割り振り、赤が攻めれば−>に画面が動き、青が攻めれば<−に画面が動く、という単純なものですが、
この方式が、一番どちらが勝っているのかが見ている側にはよく伝わるのですから、いまだにサッカーの中継には無意味な左右の切り替えがなくほぼ固定されたカメラの構図が基本になります。

世の中のすべての映画は戦争映画ではないのですけれども、
仮にこう考えて見ましょう、
映画には到達されるべき目的が仕込まれており、それを実現しようとする側とそれを阻止しようとする側のせめぎあいがストーリーである。

そうであるならば、目的を達成しようとする人物たちとその対立キャラがサッカーの中継のような画面を構成しているのではないか?

主人公が目的の実現に向けて行動しているときには−>に動きますし、相手にボールを奪われてそれを取り返そうと追っかけるような展開になれば<−の方向に動きます。

えっ、何で主人公が−>
に向かって動くのが基本かですって?

そりゃ、映画史上、この進行方向のルールが出来上がったのは1920年代であり、そのときの映画はサイレントだったからです。画面上に頻繁に字幕が入りますんで、
文字って−>の方向に書きますから、そっちの方向に動くキャラクターを目で追うことと字幕を読むことの間にストレスが存在しないのです。


字と逆の方向に動くキャラクターを目で追うのって、実は結構違和感あるもんなんですよ。


そんなわけで日本を除く世界中の映画は 主人公が−>の方向に動くのが基本なのですが、

ここで戦争映画の抱える問題にぶち当たります。



ヨーロッパの地図ですが、世界中の人の頭の中にはこの地図がインプットされており、イギリス軍とドイツ軍が戦争したときには、イギリスが−>でドイツが<−であるのはきわめて当たり前のように思われます。

先ほど述べたような理由で世界の映画では主人公は−>の方向に進むことがお決まりになってしまったのですが、

この映画のお約束事と人々の地理的イメージの間に齟齬のないイギリス側が主役の対ドイツ戦というのは何の問題もなくすんなり受け止めることができます。

事実世界大戦ものでは、ほとんどが英米がイイモノですから、『プライベートライアン』とか『地上最大の作戦』とかはこれでいいのでしょうけれども

もしドイツ軍を主役側にしてイギリス軍と戦わせるとどうなるのか?

普通の人にこの映画の絵コンテを数枚書かせてみると、

地理的イメージどおりに

イギリス軍 −>  <− ドイツ軍 としてしまうんではないでしょうか?

しかしプロに映画を作らせるとそうならないのですね。


以下はジョンギラーミン作『ブルーマックス』



地理的イメージを無視して、イギリス軍とドイツ軍のポジショニングは前回の『パイプスオブピース』の場合と見事に逆になりました。

この電波ブログの中で、私、愚民という単語を多用しておりますが、
映画では、こういう方法を使用して観客の心理の無意識の部分に働きかけようとしています。

この映画見終わった後で、ドイツ軍は右側だったか左側だったかを聞いてみたところで、ほとんどの人が意識せずに見ているはずでしょうし、覚えていない人もいるかもしれません。

「えっ、地図のイメージと矛盾するんですか?」とか驚ける人はまだいいほうで、
「だからどうした、つまらない事言ってんじゃねえ」と怒り出す人のほうが世の中の多数です。


私、ゴダール蓮見重彦も嫌いなんですが、
彼らが一様に発する
「観客は画面なんか見ていない。ストーリー追っているだけ」ってのは本当の事でしょう。
更に彼らは、
「映画にとってストーリーは有害だ」くらいのことまで言っています。

何をかいわんやですが、


私の言っている事が、彼らと違うのは、
観客は画面を見ているとき、そのほとんどの内容を無意識下で受け止めている。それゆえに、観客の注意から外れたところの演出は、観客の心理のかなり深いところに影響して、人を泣かせたり感動させたりするための強力な武器になっているらしい、
という点です。

「観客のほとんどはアホですが、アホなりに見てるんですよ画面を。ただ自分の見ているものが何かについて意識していないだけなんですわ」


多分私の言い分のほうが正しいと思います。



ついでに言うと、ロシア軍とドイツ軍の戦場はどうなるのかですが、
東側は長らく孤立した映画文化を持っていたので、映画の進行方向があんまりない映画が多かったです。
しかしながら共産主義崩壊に伴い、ロシア映画のアメリカ化が進み、普通の進行方向を伴った映画が主流になります。


だからドイツ軍に突撃するロシア軍は、やはり地理的イメージとは矛盾しています。




アメリカが描く対日戦はどうだったのか?
という事も考えてみましたが、大方のアメリカ人には世界地図のどこにアメリカがあってどこに日本があるのかが不明なのだから、アメリカ軍が右だろうと左だろうと地理的イメージと齟齬をきたす事なんかないよなという事実に思い当たり、馬鹿らしくなりました。


まあ、この話 『カナリア』で関西から東京に向かう主人公の移動方向が、地理的イメージと矛盾しているという事を書いた部分と内容的にはほとんど同じです。

(カテゴリー  カナリア)