シャーロック・ホームズ グレナダテレビ版

以前、天才とは凡人には理解できないから天才であって、凡人が易々と共感できるような存在ではないから、基本 ネガティブポジションに立つという事を書きました。

ちなみに、ポジティブポジション、ネガティブポジション、−−><−−の意味が分らない方はこちらをどうぞ。……「映画の進行方向

こちらは、グラナダテレビ製作の『シャーロック・ホームズの冒険』ですが、
ホームズとワトソンのポジショニングは、基本的にこうなります。

以下は『ぶなの樹屋敷の怪』より

ワトソンが、観客の共感の対象のポジティブポジションで、ホームズがネガティブになります。
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一般人的には、ホームズは頭よすぎて、共感の対象になれませんから、ワトソン目線で物語の中に入り込む事になります。


物語の冒頭によくある、ホームズの部屋での二人の会話ですが、
基本はワトソンがポジティブポジション、ホームズがネガティブポジションです。
ただ、注目してほしいのは、ホームズは背中を向けていますけれど、二人は同じ方向を向いていると言う点。
この構図から伝わってくる通り、
どうのこうのいったところで、ホームズはワトソンのことすきなんですね。
いろんな人が、シャーロックホームズ・ホモ説を主張していますが、グラナダテレビの『シャーロックホームズの冒険』の製作者達も、その辺は十分承知していたと思われます。



シャーロックホームズの場合、ワトソンの視線を通して我々はやーロックホームズを見ることになります。


ただ、ワトソンがあんまりあほなこといったりすると、ホームズがポジティブポジションに入ります。
ワトソンの目線で一般人は物語の中に引き込まれますが、時折ワトソンに馬鹿をやらせることで、われわれ観客は、一瞬の間だけホームズの目線に同化する事が出来ます。

一瞬だけかもしれませんが、われわれもワトソンの事をバカにすることにより、シャーロックホームズのように頭がよくなったように錯覚することが出来るのです。

そして、推理小説は、謎解きが物語の骨格なのですから、謎を解く側が−−>で、解かれる謎は<−−側です。


依頼人が事件を持ち込んでくる。依頼人は新奇の登場人物だから、ネガティブポジション。


彼女の話が進むにつれて、ホームズの脳みそが常軌を逸した冴えを見始め、


共感の対象であるポジティブポジションからネガティブポジションへと位置換え。


最終的に、依頼人よりもネガティブな位置に立つ。

ホームズの立ち位置の変化により、彼の天才振りを表現している場面です。
つまり、物語が提示する謎よりも、シャーロックホームズの頭脳の働きの方が、一般人的にははるかに謎なのですね。

このことからも、
『シャーロックホームズ』がなぜ、ここまで世界的に成功したのかが、分るような気がします。
個々の推理トリックはたとえしょぼくてワンパターンだろうとも、一番の謎がシャーロックホームズの存在そのものなのですから、読者は、飽きが来ないのですね。


「新しい情報が入ったら連絡しますから、もう帰ってよ」
同情が足りないホームズの態度に、女依頼人むっとします。

そして、ホームズは、小説の中では、魅力的な女性、少なくともワトソンから見ると魅力的な女性には、大概そっけない態度を取ります。
この女依頼人は、ホームズシリーズの中でも、魅力的なキャラクターと愛好家から思われています。更に言うと、この女性を演じたナタリア・リチャードソン(『侍女の物語』などの主役 最近スキー事故で死にました)は、この出演以降映画スターとして大成します。


なぜ、このナタリア・リチャードソンの演じた女性がホームズの愛好家から評価が高いかと言うと、
当時のコルセット嵌めて一々猥談に卒倒していたような女性とくらべると、ものすごく活発なのですね。

ホームズシリーズでおんなだてら、探偵の真似事をしてホームズに情報提供するキャラクターって、シリーズ中何人かいます。

推理小説ですから、物語は謎を解く方向に進展します。だから−−>の方を向く人物は謎解きを行う人物であるのが基本です。

そして、彼女は時には危険も冒します。

正当な遺産相続人を監禁して、その影武者にナタリア・リチャードソンを使おうというのが物語のトリックですから、
その拉致の隠し部屋に向かおうとする彼女には、危険が伴います。
それゆえ、逆境を行くヒロインとして <−−の方に進むこととなります。

観客とは、物語の登場人物に共感する事は出来ますが、そのヴァーチャルな世界では何の行動の自由も与えられていません。
いわば両手両足をもぎ取られたように一方的に情報だけを受け取る存在です。
それだからこそ、自分の代わりに行動してくれると思わせてくれる人物に激しく共感するものなのですね。
ナタリア・リチャードソンの演じた役は、小説の中でもきれいで聡明な女の人と言う風に描写されていますし、ホームズのすげない態度に少し腹を立てたり、気丈なくせにおびえて泣き出したりと、いろいろ見る側が共感できるポイントが多いのですが、
一番のポイントと言うのは、彼女が行動的だから、つまり読者に代わって行動していてくれるから、自分の分身のように感じることが出来る、そして理解したような気になって、彼女の事を好きになってしまう。

そういうことなのだと思います。