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3 画面の上座・下座

映画論

映画の進行方向を向いている人物、というのは、大概は物語の目的を実行することになる人物である。
普通、そのような人物は主役と呼ばれる。
観客が映画を見るということは、その物語の進行を見つめているわけであり、自然と主人公目線に感情移入して画面の流れ(日本映画の場合 <−−  外国映画の場合 −−>)に沿って画面を見ていくことになる。


そして物語の進行方向を向いている人物と同じ方向を向いている人物は考え方が基本的に同一であり、
逆向きの人物は彼らと反対である場合が多い。

つまり、
観客にとって理解・共感の可能な人、更には既に知っている人物、そして味方 は 画面進行方向に沿って登場する。
観客に取って理解不能・共感不能な人、未知な人物、そして敵、または主人公ならびに観客自身に質問対話を挑む人は逆方向から画面に登場する


おにいちゃんのハナビ引きこもりのお兄ちゃん    彼を励まそうとがんばる可愛い妹

また日米は、進行方向が逆なので、主役の立ち位置が左右異なる。それゆえ同じ映画でもポスターが左右反転される事になる。



まあ、さしあたって以下のごとく定義しておく


ポジティブポジション   物語の進行方向の上流の位置

ネガティブポジション   物語の進行方向の下流の位置

日本映画の場合   画面向かって
  (ネガティブポジション) <−−進行方向−− (ポジティブポジション) となり
洋画の場合
  (ポジティブポジション) −−進行方向−−> (ネガティブポジション)となる


もうすでに、私たちは、これらのお約束事になれきっており、このようなルールを教えられなくても、映画を楽しむことが出来ている。知らず知らずのうちにそのように飼いならされているわけである。

この技法は少々マインドコントロール的ではあるものの、物語の統一的意思を映画で表現するには欠かせない。
『主人公の考え方行動に100%共感できるわけではないが、大筋に於いては同意する。また時にはいけ好かない対立キャラクターの方が、時にはより説得力のある行動をとることもある』
映画に於いて、観客がこのように感じる時、それは観客個人の考えのようにみなされやすい。
主と脇の人物から観客が独自にひとつの意思を編集し、自分の物語解釈を個人のうちに作成したような満足感が生じる。
しかし、
ほとんどの場合、それは映像の構図と脚本上の作為に乗っかっただけのものである。

自分は他の人とは違ったものの見方が出来ると人は考えたがるものだが、映画に於いて独自の考え方が出来るという人はほとんどない。
あえて出来る人がいるというなら、そういう人は映画全体の流れやテーマを無視して、主人公の服はどこの店で売っているとか、どの映画のどのシーンは昔見た映画とそっくりだという話に終始している場合がほとんど。

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