「おにいちゃんのハナビ」夜話6

以下の内容を読まれるのでしたら、こちら(映画の抱えるお約束事)とこちら(映画の抱えるお約束事2 日本ガラパゴス映画)をどうぞ。当ブログの理論についてまとめてあります。






おにいちゃんのハナビ」の谷村美月の臨終シーンですが、
映画のセオリーどおりの表現になっています。



<−−向きがポジティブで −−>向きがネガティブですが、
生きている間は、基本<−−向きです。
他の共演者との位置関係もありますが、短い時間で微妙にずれた角度のカットが重なる表現は、臨終間際の苦悶を観客に感じさせます。

息を完全に引き取ると、


−−>ネガティブ方向に顔の向きが変わります。

この映画の監督はテレビ出身ゆえ、時間予算の限られた仕事を多くこなしてきたのでしょう、テストで正しい選択肢を選んでいくようなやり方で、その場その場で最も妥当な表現法をテキパキと上手く選んで行きます。
しかしその反面、映画界の巨匠が時折見せるような、意表をつく大胆な表現は、まずありません。

しかし、
ただ、マニュアル監督とバカにするなかれ、「おにいちゃんのハナビ」はものすごい精密機械みたいな映画に仕上がっています。




携帯をクリスマスのプレゼントでもらう場面ですが、この映画は谷村美月のポジショニングは、ほぼ一貫して、<−−側です。これは画面のイニシアチブを取りつつダメなおにいちゃんを励まし続ける役割をになっているからですが、
携帯の箱を開いて、それを眺めるシーンでは、−−>向きです。

これは、携帯を受け取る時、携帯の方に注意が集中していて、おにいちゃんのほうを向いていないと言う意味でありますけれど、
もう一歩心理方面に踏み込んだ解釈をするなら、あんまりうれしくて、その時はおにいちゃんのことを忘れていた。いつものお兄ちゃんを励ます役割の事を一時忘れて、自分の喜びに浸っていた、ということができると思います。

その後すぐにおにいちゃんのほうを向き直り、いつもの彼女に戻ります。

画面の進行方向から物事をプラスとマイナスの要素に分割して映画を解析していくと、登場人物の心理はそのように推察される事になるのですが、

この時点で、一瞬だけだけれども、妹がおにいちゃんの守護天使であることを放棄していても既に大丈夫だった、という事実が、
後のおにいちゃんが立ち直るという展開にものすごく説得力を持たせているように自分には思われます。

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